2017年04月05日

ハシモトさん(Hashimoto-san, 1959)日系アメリカ人による知られざるアニメ

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11453863171.html
2013年1月22日

《転載開始》

Hashimoto-san 1.jpg

Hashimoto-san 2.jpg

・監督(Director)
ボブ・クワハラ(Bob Kuwahara)
デイヴ・テンドラー(Dave Tendlar)
コニー・ラスィンスキ(Connie Rasinski)
・脚本(Writer)
ボブ・クワハラ
・スタジオ(Studio)
テリートゥーンズ(Terrytoons)

・資料
Hashimoto-san - Wikipedia, English
Hashimoto-san - IMDb

http://www.youtube.com/watch?v=oiMTeJ7YO5g


「日本人の知らない日本」シリーズ!!
たまたまYouTubeの検索で知った
昔のアメリカのアニメーションですけど、
何と、日本が題材なのです!!
しかも、今の所未だ日本でまともに認知されていません!!

このアニメについて紹介している
日本語のWeb頁もあるにはありますが、
数える程度しかありません。
画像検索でも、余り多く出てきません。
アルファベットによる検索でも余り出てこないので、
地元アメリカでも殆ど忘れ去られた、
知る人ぞ知る存在なのかも知れません。
もし、テレビで紹介したら、かなり反響が出るかも知れません?

このアニメの特徴は、作者が白人というのではなく、
日系人であること!!
外人が日本を題材に何かを制作するというのはよくありますが、
アメリカに於いて、日系人が、
日本を題材にアニメーションを作っていたとは、
素直に驚きました。

内容は、まあ、
取り立てて何か突出しているわけでは無いと思いますし、
ツリ目で描くなど、如何にも白人目線な描き方をしています。
が、作者が元々日本人であるだけあって、
内容にそんなに違和感は感じません。
でも、息子サブローが、自分の父親を「パパサン」と呼んでいるのは、
明らかに日本語間違ってます。
というか、日系アメリカ人の間ではそういう呼び方なのか?

「ハシモトさん」は、
「ハシモト・マウス」(Hashimoto Mouse)とも呼ばれています。

日米の異文化交流を描く話はよくありますが、
やはりここでもその手の話が描かれていました。
G・I・ジョー(G.I. Joe)と名乗るアメリカのネズミがハシモト家を訪れ、
交流する話。
ハシモトさんは、彼を「ジョーイさん」と呼ぶ。>
http://www.youtube.com/watch?v=YHMhzZBZV9A

http://www.youtube.com/watch?v=-CNllGnAohs




◎ハシモトさんについて
Wikipediaから、基本設定について引用してみます。
妻ハナコ(Hanako)、息子のサブロー(Saburo)、
娘のユリコ(Yuriko)との4人家族で、
柔道の先生という設定らしい。

当たり前ではありますが、
日本文化が強調されて描かれています。
例えば、ハシモトさんが、
柔道の技を用いて襲いかかる猫を撃退する所など。>

1959年に登場し、
1963年まで制作された短編テレビアニメだそうです。
NBC放送の
『サタデーモーニングカートゥーン』(Saturday morning cartoon)
枠内の
『ヘクター・ヒースコート・ショー』(The Hector Heathcote Show)
にて放送されたらしい。

ハシモトさんゲーム(Hashimoto-san game)
Hashimoto: San | Image | BoardGameGeek
Vintage Hashimoto-San Japanese House Mouse Game from 1963 - Etsy
や漫画本(金の鍵コミックス Gold Key Comics)
にもなっているそうです(後述)。
hashimotosan_game.jpg
Japan - It's A Wonderful Rife: Hashimoto-san

Wikipediaには更に、1980年代に制作・放映されたTVアニメ
『マイティ・マウス-新たなる冒険』
(Mighty Mouse: The New Adventures)
に友情出演していると書かれていますが、未確認。



◎ボブ・クワハラについて>
では、その作者であるボブ・クワハラについて調べてみました。

<Wikipediaより、引用開始>(完全ではない)

1901年(明治34年)、東京に生まれる。
本名:クワハラ・ロクロウ(Kuwahara Rokuro)桑原六郎?
1910年(明治43年)、家族と共にアメリカへ移住する。
1921年、ロサンゼルス工業高等学校を卒業。
その後、オーティス美術学校(Otis Art Institute)で1928年まで学ぶ。
1929年、ニューヨークで広告美術で働くが、世界大恐慌のため、
ロサンゼルスへ戻る事を余儀なくされる。
1932年、アニメーターとして、ウォルトディズニー社で働き始める。
『ミッキーの夢物語』(Thru the Mirror)や、
アカデミー賞にノミネートされた
『誰が駒鳥を殺したの?』(Who Killed Cock Robin?)、
『白雪姫』(Snow White and the Seven Dwarfs)等の制作に携わる。
1937年、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)に移籍するも、
第二次世界大戦勃発のため、敵性外国人として、
ハートマウンテン移住センター(Heart Mountain Relocation Center)へ
強制収容される。
1945年、家族と共に、
ニューヨーク郊外のラーチモント(Larchmont)へ移住し、
5年間漫画を細々と描いた。
1950年、テリートゥーンズスタジオ(Terrytoons Studio)で、
再びアニメーションの仕事をする。
1959年、初監督作品『ハシモトさん』を制作。
テレビ番組、
ヘクター・ヒースコート・ショー(The Hector Heathcote Show)
にて放映される。
『わんわん保安官』(The Deputy Dawg)の監督にも携わったが、
『アストロナット・ショー』(The Astronut Show)で監督を務めたのが
最後の仕事となった。
(引用者注:Astronaut(宇宙飛行士)に引っ掛けた駄洒落と思われる。)
1964年、死去。

<引用終了>

Bob Kuwahara - Wikipdia, English

アメリカへの移住が9歳頃だというのを考えると、
『ハシモトさん』に対する少しばかりの違和感も納得というか。
分かりやすくするために誇張・強調するというのは当然でしょうけど、
生粋の日本生まれ日本育ちであれば、誇張するにしても、
違和感無く誇張できる筈ですが、
日本にいたのは微妙な期間ですからね。

インターネットが登場する以前の
外人の日本文化への誤解についての話はよく知られています。
例えば、中国と混同していたとか。
取り立てて興味が無いから誤解していたのか?
それとも、本当にまともに日本文化についての情報が
アメリカに入ってこなかったから、誤解していたのか?

ボブ・クワハラは、このアニメを制作するにあたって、
改めて日本文化を勉強したのだろうとは思いますが、
もしそうだとして、アメリカにいながらにして、
どれくらい日本文化を調べる事が出来たのか?

それから、このアニメが、当時、
アメリカへの日本文化の認知にどれくらい影響を与えていたのか?
与えているとしたら、どれくらいなのか?

とにかく、余り情報が出ていないという事もあり、
色々と興味をそそられるアニメではありました!!
最後の〆の「サヨナラ」がお気に入り!!

ボブ・クワハラの風貌を伝える写真
Robert Kuwahara.jpg
Robert Kuwahara | Densho Encyclopedia

漫画版(コミック・ストリップ)『ハシモトさん』
dinkyduck and hashimoto-san.jpg
Terrytoons: Hashimoto-San - cartoonretro
Deputy Dawg Presents Dinky Duck and Hashimoto-San Comic Books
Easily Mused: If You Crash Hashimoto-San's Daughter's Birthday Party...



◎DVDやVHSなどのソフト化について
VHSにはなっています。
Hashimoto-San VHS.jpg
Amazon.com: Terrytoons - The Good Guys: Hashimoto _ Hashimoto San [VHS]
DVDにもなっていますが、Wikipediaによれば、海賊版らしいです。



【追記】
画像(3〜6番目)追加
(2017/4/3)

《転載終了》
posted by Satos72 | ┌ アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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